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対談
「高速炉開発を語る」
第2回

前回は、高速炉開発の意義を、新しい視点も交えて多角的に語っていただきました。今回は、最近大きく注目されている、医療用RI(ラジオアイソトープ:放射性同位元素)製造への高速炉の活用を巡って、話を進めていただきました。

高速炉ががん治療に役立つ

大島:代表的ながんの治療法は、手術による切除、抗がん剤による化学療法、放射線治療がありますが、近年、これらの方法より体に対する負担の少ない方法として、RIを病巣に選択的に集まる物質と結合させて病巣まで運び、そのRIが放出する放射線を病巣に直接あてることで、がん細胞をやっつける方法、RI内用療法が出てきました。

特に、アクチニウム-225(Ac-225)は、末期の転移性前立腺がん患者に用いたところ、全身に転移していたがん細胞がほぼ消えたという成果がドイツの研究者から報告されたことを契機に、世界中から注目されています。

しかし、その供給はというと、殆ど全てが、トリウム-229という親物質が自然崩壊してできるAc-225を抽出する方法で、親物質を保有する特定国(米、独、露)でしかできません。その量は需要に対して全く不足しており(全世界合計でも、前立腺がん患者おおよそ3千人分程度)、日本では入手もままならず、治験以前に創薬研究もできないのが現状です。Ac-225を得るには、加速器による方法もありますが、まとまった量を得るのは困難な状況です。

一方、高速炉を使えば、まとまった量を供給できる可能性があります。我々の評価では、「常陽」でラジウム-226(Ra-226)を、例えば1グラム、45日間炉内に入れて照射する、これを年間4回やることで、現状の世界の全供給量の2倍位のAc-225が製造できる、そういうポテンシャルがあります1 ) 。

高速炉によるAc-225製造(概念図)()内はおおよその半減期

大島 宏之の写真

小林 祐喜

(笹川平和財団研究員)

原子力委員会がアクションプランを策定

小林:非常に期待が膨らむ話をいただきました。高速炉を動かすことで、非常に治療効果が高く、難しいがんの治療への応用も期待できるRIが生成できて、がん治療に画期的な革新をもたらすかもしれない、大きな潜在力を持った取り組みだと理解しました。高速炉のこうした新たなメリットの発信は、高速炉のみならず、原子力全体についてのプラスのメッセージにもなります。

一方で、いろいろな課題もあると思います。いくつか指摘というか、コメントをさせていただきます。大島さんのお考えを聞かせてください。

まずは、関係者の連携について。患者さんたちから、医師、医療機関、関係学会、製薬会社、文科省、厚労省などにいたるまで非常に幅が広いわけですが、関係者が多いと、議論や調整に手間取って、スムースに進めない、ということはないですか。

大島:「常陽」を使うアイデアは、ご指摘のとおり、多くの省庁、関係機関にまたがる話ですが、種々検討いただいて、内閣府の原子力委員会がアクションプラン2 )を策定し、連携が図れるようになりました。私自身も、医学界の方々やがん患者の団体の方々に説明させていただいた際に、「待っていました」、「ぜひ応援したい」、という声を多くいただきました。こうした声が、関係機関が一丸となるための力となっていると感じています。

安全性について

小林:わかりました。次に安全性について。原子炉で作ると聞くと、本当に安全に作れるのか、副作用は大丈夫か、などと心配する人もいると思いますが。

大島:まず、Ac-225が持つ特徴をご説明します。一つ目は半減期(放射性崩壊によって半分が別の核種に変化するまでにかかる時間)が程よく短いこと。いつまでも体内で放射線を出し続けたり、逆に患者に投与する時間もないほどあっという間になくなってしまうのでは扱いにくいわけですが、Ac-225の半減期は10日ほどです。もう一つは、放出する放射線がアルファ線であること。アルファ線は透過力が弱く、紙一枚で止まりますので、極めて近くの病巣だけに、持っているエネルギーを全て与えてがん細胞をやっつけることができる。周辺の健康な細胞を傷つけにくい。体の外まで放射線がでてこないので、患者さんを特別な場所に閉じ込める必要もない。特別な施設を持つ病院でなくても治療を受けることができる可能性があります。さらに、Ac-225は続けて4回アルファ線を出すので、がんに対する治療効果も高くなる。もちろん、リスクは完全にゼロではないかもしれませんが、それでがんを治療できるとなれば、メリットの方がはるかに上回ると言えます。X線による胃の検診などと考え方は同じです。

大島 宏之

(高速炉・新型炉研究開発部門長)

Ac-225の製造過程の安全確保については、さきほど、グラムオーダーのラジウムで現在の世界供給量に匹敵する量を製造できる・・とお話ししたとおり、製造にあたって取り扱う物量や放射能が、我々が原子炉を用いた研究開発で通常取り扱っている量の範囲内に十分収まるものなので、ご心配はいりません。もちろん、安全管理には万全を期します。

「常陽」を用いたAc-225製造方法

ラジウムー226の確保について

小林:先ほど、Ac-225を「常陽」で製造する場合、Ra-226を使うという話がありましたが、その確保はどうなるのですか。
大島:ラジウム226は、1898年にキュリー夫人が発見した、自然界に存在する放射性同位元素で、ウラン鉱石などに含まれているものです。かつては、研究用や、舌がん治療用のラジウム針、夜光塗料など、民生レベルで使われていたものですが、今は流通していません。当面はあちこちに散在しているものを集めることになりますが、「常陽」で製造実証に使う分は確保できる見通しです。Ra-226自体は半減期が1600年と長く、また、高速炉に入れてAc-225の製造に使っても、Ra-226自体はあまり減らないので、一度手にいれれば、リサイクルして使っていくことが可能です。

地に足のついた実現可能な計画で

小林:最後に、一番大事と思うところを申し上げます。

今回、原子力規制委員会の安全審査に合格し、いよいよ稼働かというところで、運転再開時期が延期になりました。一般の人たちの高速炉、原子力に対する見方を変えるかも知れない折角の技術が、再三、延期するようなことになると、「「常陽」を動かしたいがために、無理やり、実現可能性の低いことを持ちだしたのでは。」と言われかねない。

中国やロシアに先んじたいのはもちろんですが、ここはやはり、地に足をつけて、まずは、国内への供給体制を確立するという視点で、目指すべきじゃないかなということが、課題というか、私なりの部外者からの一つの提言、指摘として言っておきたいと思います。

大島:ご指摘の点は、「もんじゅ」の経験からも、身に染みています。労働力・資材不足や物価上昇など取り巻く環境が変化する中で、アクションプランに示された2026年度製造実証に向けて、私自身、現場やメーカーとも議論し、実現性を見極めつつ進めてきています。ご指摘を肝に銘じて、期待と信頼を裏切ることのないよう、一つ一つ、課題を着実に解決しながら進む覚悟です。

参考リンク

1)「アクチニウム-225製造実証の推進」(2023年6月JAEA 原子力委員会定例会報告)
https://www.jaea.go.jp/04/sefard/faq/files/material2023060702.pdf
2) 「医療用等ラジオアイソトープ製造・利用推進アクションプラン」
(2022年5月原子力委員会決定/内閣府ホームページ)
概要 http://www.aec.go.jp/jicst/NC/senmon/radioisotope/kettei/kettei220531_2.pdf
本文 http://www.aec.go.jp/jicst/NC/senmon/radioisotope/kettei/kettei220531.pdf

第3回へ続く